天野純(マリノス)のプレースタイル。経歴、代表デビュー直後に結婚も!【動画あり】

天野純 サッカー選手

横浜F・マリノス所属の選手として、齋藤学選手以来久しぶりに日本代表に選出された天野純選手。

マリノスファンの方なら天野選手の魅力を十分知っているかと思いますが、一般的な知名度はそこまで高くありません。2018年9月のコスタリカ戦で代表デビューを果たしてから知った方も大勢いると思います。

 

レフティとして同じマリノスに所属していた中村俊輔選手の後継者とも言われたテクニシャンですが、そのプレースタイルは中村と似ている部分もあり、異なる部分もあります。

 

今回は、天野純のプレースタイル中村俊輔と比較しながら紹介し、マリノスを代表する選手になるまでの経歴と、日本代表としてデビューした様子などをお届けしたいと思います。

 

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天野純のプロフィール

年代的にはロンドン五輪世代ですので、A代表でいえば、大迫勇也選手(1990年生まれ)、武藤嘉紀選手(1992年生まれ)あたりが同世代となります。体格的には線が細い感じですね。

名 前 天野 純(あまの じゅん)
出身地 神奈川県三浦市
生年月日 1991年7月19日
身長/体重 175cm/64kg
所属/背番号 横浜F・マリノス/14
ポジション MF
利き足 左足
家族 妻(一般人)

 

天野純のプレースタイル(中村俊輔との比較)

技術の高い左利きのMFです。

プレースキックを得意にしており、これまでその左足は数々の得点を生み出しています。

 

味方を使うことも、味方に使われることもでき、マリノスの特殊な戦術の中でもすぐに中心的な存在となったことから戦術理解度も非常に高い選手だと言えます。

 

テクニックと左足の精度が注目されますが、実はスタミナも高く、マリノスでシーズン開始時に行われるヨーヨーテスト(持久力を測るテスト)では毎回1位となっています。

 

2018年シーズンは体幹を鍛えることも意識的に行っており、競り合いの中でもボールを奪われない力強さを身に着けています。

 

中村俊輔選手との比較

マリノス所属、左利きのMF、フリーキックを得意にしているというキーワードから、中村俊輔2世としてよくメディアに紹介されています。

キックフォームも似ており、天野自身も中村のフリーキックを参考にしていると発言しているため、少なからず影響を受けていると言えます。

 

天野選手はマリノスの下部組織の出身であり彼がユース所属の頃、中村選手は日の丸を背負って世界で戦っていましたので、間違いなく憧れの存在であったとは思われます。

 

中村俊輔を彷彿とさせるシュートモーション、キックの質を動画でご覧ください。

とはいえ2人のプレースタイルは根本的に異なります。

中村はプレーメーカーとしてボールを自分に集めながら試合を作っていくことのできるクラシックなトップ下の選手ですが、天野は周りとのコンビネーションでの崩しや、2列目からの飛び出しを得意にしている現代的な選手です。

 

2014年、2015年、2016年は同じポジションに中村俊輔がいた事もあり、ほとんど試合に出ることはできませんでした。

 

転機になったのは2016年シーズン終盤の天皇杯であり、ここで怪我の中村に変わってスタメン出場を続けます。

特に新潟戦で終了間際に決めた直接フリーキックは、サポーターにとって記憶に残るゴールになっていると思います。

マリノスはこの年の天皇杯で準決勝まで進みますが、鹿島アントラーズに敗れて敗退します。

 

この試合で終了間際に獲得した直接フリーキックのチャンスを中村が天野に譲ったシーンがあります。これまで中村がマリノスでフリーキックを譲ることはほとんどなく、これが中村のマリノスでのラストゲームとなったことから、中村俊輔から天野純へバトンタッチの瞬間だったのかも知れません。

中村選手はこのシーズンを最期にジュビロ磐田へ移籍します。

 

天野純の経歴(マリノスの生え抜き)

小中高とマリノスの下部組織出身ですが、高校卒業時にトップチーム昇格ができず、順天堂大学に進学しています。

順天堂大学での活躍が認められ、2014年に横浜F・マリノスへの復帰が決まっていますが、入団から3年目までは前述のように、同じポジションに中村俊輔選手がいたため、ほとんど試合に出ることができませんでした。

 

4年目となる2017年開幕からレギュラーを獲得し、主にトップ下とボランチのポジションで存在感を発揮しています。

 

2018年にマリノスはポステコグルー監督を迎え、攻撃的な特殊なサッカーを展開していますが、天野選手は引き続きレギュラーとして試合に出場し続けています。

マリノスでの活躍が認められ、2018年に初めて日本代表に招集されます。

 

出場機会を求めてFC東京から移籍してきた久保建英選手の良きお手本となっています。

 

日本代表に初招集&デビュー、そして結婚・・・

2018年、森保監督の初陣となった国際親善試合チリ戦、コスタリカ戦の日本代表メンバーに招集されました。

大島僚太選手(川崎フロンターレ)、山口蛍選手(セレッソ大阪)が怪我により招集辞退したことでの追加招集でしたが、マリノスの選手としては2016年の齋藤学以来の久々の代表選出となりました。

 

北海道地震が起きたことにより、チリ戦は中止となり、コスタリカ戦のみの試合開催となりましたが、天野はコスタリカ戦の後半30分から途中出場により代表デビューを果たしました。

追加招集にも関わらず、出場機会が早めに訪れたことから、森保監督には練習を通じてアピールできていたものと思われます。

 

コスタリカ戦では得意とする角度からのフリーキックのチャンスがありましたが、この場面では堂安選手にキッカーを譲っています。

堂安選手はフリーキッカーではなかったため、天野選手をキッカーに推す声が多かったですが、この時は「堂安選手がファウルを獲得したため譲った」と試合後に語っています。

 

コーナーキック、遠い距離からのフリーキックではキッカーとなり、三浦選手にあと一歩という惜しいボールも入れていますが、最終的には得点に絡む仕事ができませんでした。

 

しかし日本代表の中でも違和感なくやれていたため、本人にとっても自信となったようで、マリノスに戻ったあとも代表を意識する発言が多くなっています。

 

そして、代表デビューを果たした2018年9月、一般の方との結婚を発表しています。

2016年から継続して試合に出ていること、日本代表に選出されたことが自信になっての決断かもしれません。

これからも奥さんのためにもさらなる活躍を期待したいですね。

 

まとめ

代表デビューを果たしたものの、層の厚い代表中盤にあっては、毎回コンスタントに招集されることは難しいのが現状です。

 

実際、11月7日に発表されたベネズエラ代表、キルギス代表とのキリンチャレンジカップ2018の日本代表メンバーには選出されませんでした。

代表デビューで得た自信をさらなる力に変えて、横浜F・マリノスで活躍し続ければ、再び天野純にチャンスは回ってくると思います。

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