青山敏弘のプレースタイル。森保代表監督との関係、カタールW杯は?【動画あり】

青山敏弘 サッカー選手

サンフレッチェ広島所属で、日本代表のボランチでキャプテンを務める青山敏弘選手。

Jリーガーの中でも屈指のイケメン、かつ筋肉ムキムキの肉体美の持ち主として知られています。

森保JAPANの初陣に選出され、これが実に3年ぶりの代表復帰となったことから、広島時代に師弟関係であった森保監督との関係性が再度クローズアップされています。

 

今回は、青山敏弘のプレースタイルをはじめ、怪我に泣かされたサッカー人生と森保監督のもとでの栄光を振り返り、2022年カタールワールドカップへの道についてまとめてみました。

 

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青山敏弘のプロフィール

青山敏弘は、サンフレッチェ広島、日本代表でボランチを務めるボランチ職人です。

身長は高くありませんが、筋肉ムキムキのガッチリした体型です。

2010年に結婚しており、子供は長女、長男、次女の順で3人います。

名 前 青山 敏弘(あおやま としひろ)
出身地 岡山県倉敷市
生年月日 1986年2月2日
身長/体重 174cm/75kg
所属/背番号 サンフレッチェ広島/6
ポジション MF
利き足 右足
家族 妻(一般人)、娘2人、息子1人

 

青山は本田圭佑、長友佑都らと同じ2008年の北京オリンピック世代の32歳です。

この世代はA代表でも活躍するメンバーが多く、近年の中心となっていた世代でした。

青山選手もこの世代に含まれますが、怪我の影響でどうしても波に乗り切れなかった印象があります。キャリアの中で大きな怪我がなければ、今頃は海外でプレーしロシアW杯でも中心選手として活躍していただろうと思います。

 

※本田、長友以外の北京世代の主な選手

吉田麻也、内田篤人、岡崎慎司、香川真司など

 

青山敏弘のプレースタイル

青山はボランチを主戦場としており、高い危機察知能力を活かした守備と、正確なロングパスを用いた攻撃の起点となれるプレーを高く評価されている選手です。遠目からのロングシュートにも定評があります。

山口蛍(セレッソ大阪)と扇原貴宏(横浜F・マリノス)を足して2で割ったような選手であり、攻守のバランスがよいことが最大の持ち味です。

 

広島では最終ラインからの組み立てにも積極的に関与しており、32歳となった今なおサンフレッチェ広島にはなくてはならない絶対的な存在です。

以下は青山のスーパーゴール集となっています。ロングシュートが美しいです!

あとで詳しく述べますが、キャリア序盤は思うように出場機会を掴めませんでした。

しかし、2006年に監督に就任したミハイロ・ペテロビッチに見出され、その後を継ぎ広島の黄金期を築いた森保一監督の下(※)でその能力を最大に発揮しました。

 

※森保監督は2012年に自身がOBのサンフレッチェ広島の監督に就任し、2017年7月に成績不振を理由に辞任するまで、約5年に渡り広島に数々の栄冠をもたらしました。

森保監督との関係は?

2015年に日本代表に選ばれてからは、ロシアワールドカップの35人の登録メンバーに選ばれたこと以外はしばらくA代表には縁がありませんでした。

しかし2018年に日本代表監督が森保一監督に代わると、その初陣で3年ぶりに代表復帰し、キャプテンマークを付けて試合に出場しています。

 

青山は広島時代、森保監督の戦術の要となる選手でした。

森保監督はまずは自分のやり方を選手たちに伝えるために、ピッチ上の監督として青山を代表に抜擢したのだと思います。

 

森保監督と同じくJリーグクラブの監督を経由して、日本代表監督に就任したオシム監督も初期は羽生直剛、山岸智、巻誠一郎など自分のチームで中心となっていた選手を招集しています。

Jリーグクラブでの監督を経由している代表監督は短い時間で選手からの信頼を勝ち取ることが必要になるため、森保監督もオシム監督の手法を参考にしたのではないでしょうか。

 

青山敏弘の経歴(怪我と栄光のサッカー人生)

青山選手は岡山県作陽高等学校を2003年に卒業後、2004年にサンフレッチェ広島に入団しており、これまで広島一筋のキャリアを歩んできています。

 

2015年にJリーグ年間MVPを獲得するなど、国内における輝かしい実績がありますが、同時に若い頃に将来を渇望されながら度重なる怪我に泣かされてきた選手です。

 

2005年の入団2年目には出場機会を増やしてきたところで左膝前十字靭帯を断裂し、シーズンを棒に振っています。そこから見事に復活し、2007年にはU-23代表の主力メンバーとして北京オリンピックの出場権獲得に大きく貢献するまではよかったです。

 

しかし最終予選のサウジアラビア戦で右第二趾中節骨中枢を剥離骨折し、またしても長期離脱を強いられます。その怪我の影響もあり、主力として期待されていた翌年のオリンピックの本戦出場は叶わぬものとなりました。

 

その後、Jリーグでの活躍が認められ、2011年にはA代表に初選出されますが、代表定着することはできず、その後は暫く召集されることはありませんでした。

 

しかし、なんと次に選出されたのは2014年のブラジルワールドカップ本戦メンバーであり、これはサプライズ選出として注目されました。そしてグループリーグ第3戦でスタメン出場しています。

 

さらに4年後のロシアワールドカップの35人のメンバー候補にもギリギリで選出されていますが、こちらについては残念ながら怪我により本戦メンバーに選ばれることはありませんでした。

 

2022年カタールW杯への道

カタールワールドカップ開催時に青山選手は36歳を迎えています。選手としては十分トップレベルでのプレーが可能な年齢ではありますが、日本代表の主力として活躍するには非常に難しい年齢だと言わざるを得ません。

 

というのもワールドカップに出場した最年長の選手は川島永嗣選手の35歳、フィールドプレーヤーでは長谷部誠選手の34歳となります。

 

もしカタールワールドカップに青山選手が出場すれば歴代最年長での出場となることから、実現性はかなり低いと言えます。

 

森保監督は東京オリンピックの監督も兼任しているため、東京五輪にオーバーエージ枠として青山選手を選ぶ可能性のほうがあるのではないでしょうか。

 

まとめ

36歳でのワールドカップ出場はかなり難しいとはいえ、近年Jリーグにおけるトップレベルでのプレー年齢は上がってきています。

51歳の三浦知良選手は別格として、中澤佑二(40歳)、中村俊輔(40歳)、中村憲剛(38歳)、遠藤保仁(38歳)はそれぞれのチームでの主力として活躍を続けています。

彼らと比較しても青山選手はまだ年齢が若いため、トップレベルでのプレーをあと数年は続けられるのではないでしょうか。

 

18歳から広島一筋でプレーし、J1での優勝はもちろん、J2でのプレーも経験しており、これからも広島のバンディエラとしての活躍を続けて欲しいですね。

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