畠中槙之輔のプレースタイル。横浜Fマリノス移籍で、日本代表に初選出!

畠中槙之輔 DF

 

J1でのキャップ数わずか9で、いきなりA代表に選出された畠中慎之輔。

横浜Fマリノスに所属するセンターバックであり、これまで東京ヴェルディ、町田ゼルビアでプレーしてきましたが、J1の舞台は昨年加入したマリノスが初めてです。

 

彼が所属したマリノス、ヴェルディ、ゼルビア以外のサポーターは畠中のプレーを目にすることが少なく、なぜJ1でも実力者として知られる槙野智章、谷口彰悟を差し置いてまで、森保監督が代表メンバーに選んだのか疑問に持つ方も多かったと思われます。

 

しかし、昨年同じマリノスでプレーした中澤佑二から「人に強く、パスも出せる。彼のようなプレーヤーが出てきたら、僕の仕事がなくなるので引退を決めた」と言わしめるほどの逸材です。

 

今回はそんな畠中槙之輔のプレースタイルとともに、経歴などについてまとめてみましたので、ご覧ください。

 

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畠中槙之輔のプロフィール

 

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名 前 畠中 槙之輔(はたなか しんのすけ)
出身地 神奈川県横浜市
生年月日 1995年8月25日
身長/体重 184cm/80kg
所属/背番号 横浜Fマリノス/44
ポジション DF
利き足 右足

 

畠中慎之輔は中澤佑二2世?

中澤が畠中を気にしていたのは、自身と経歴が似ていることもあると思われます。

畠中と中澤は同じヴェルディでプロデビューし、マリノスに移籍してきたという経歴が同じです。

畠中は背番号22を意識してなのか、マリノス加入時に背番号として倍数の44を選んでいます。本人は4番が好きだからと44を選んだと語っていますが、22番の存在も少なからず心の中にあったと思われます。

 

しかし2人が一緒にプレーしたのはわずか半年間であり、中澤の怪我による長期離脱もあったことから、二人が同時にピッチに立つことはありませんでした。

ただし、中澤の現役最後の試合の交代相手となったのが畠中だったこと、現役引退の1つの理由に畠中を挙げていることから、この交代に運命も感じるマリノスサポーターもいました。

 

畠中慎之輔のプレースタイル

昨季からマリノスはポステコグルー監督の下、ハイライン、ハイプレスの超攻撃的サッカーを展開していますが、この戦術はセンターバックに多くのことが求められます。

特にディフェンスラインの裏の広大なスペースをカバーするスピードと、最終ラインからの確実なビルドアップが求められますが、畠中はその両方を高いレベルで兼ね揃えています。

 

特にビルドアップの部分は、ヴェルディユース出身らしく、足下の技術が非常に高く、簡単にボールを前に蹴り出しません。確実性の高いパスが畠中から前線の選手に通るため、マリノスの攻撃の起点の1つになっています。

また畠中が非常に技術の高い選手であることが分かっているため、味方も安心して畠中にボールを預けています。

歴代の日本代表の中でも、これだけ足下の技術が高いセンターバックは記憶にありません。

近年はファンダイク(リバプール)や、ラポルテ(マンC)、ボヌッチ(ユベントス)など、世界基準ではセンターバックが精度の高いロングパスを出せることが一流の条件となっていますが、畠中もこのタイプのセンターバックと言えます。

 

畠中槙之輔のマリノスでの経歴

畠中は昨季途中にヴェルディからマリノスに移籍加入しており、マリノスのスタイルを体現できるセンターバックとして期待されていました。

このとき同時にガンバ大阪も畠中へ獲得の打診をしていたようでしたが、畠中が選んだのはヴェルディと同じポゼッションサッカーを展開するマリノスでした。

 

加入時は中澤の負傷離脱もあり、レギュラーとして期待されていましたが、マリノスが同時にブラジルからチアゴ・マルティンスを獲得し、それまでDFラインの中心だったドゥシャンとコンビを組んだのは、畠中ではなくチアゴでした。

チアゴの同時加入は、昇格争い中だったヴェルディを離れてまで移籍を決断した畠中にとって、少なからず誤算であったと言えます。

 

2018シーズンはセンターバックの3番手としてレギュラーを掴むまでには到りませんでしたが、2019シーズン前のキャンプ途中でドゥシャンからボジションを奪い、レギュラー組に抜擢されると、シーズン開幕後も定位置を確保し、ここまでリーグ全試合でフル出場しており、マリノスの最終ラインに欠かせない選手となっています。

 

森保監督の目に止まったのは?

森保監督の目に止まったのは、2019年3月10日に行われたマリノス対フロンターレの試合で間違いありません。

この試合で畠中は王者フロンターレ相手に堂々たるプレーを披露し、ディフェンスラインから積極的にプレスを掛けてくるフロンターレを怖がらずに、前線にパスを通し続けていました。

また対峙した元ブラジル代表のレアンドロダミアンにも当たり負けず、ディフェンス能力も非凡なものがあることを示しました。

 

森保監督は、この試合の視察後に「新たに可能性のある選手も見られた。」と語っており、このあとの代表発表でこの2チームのメンバーの中から畠中のみを初招集していることから、この可能性のある選手が畠中であったことが分かります。

 

安西幸輝との関係

同じタイミングでA代表に初招集された安西幸輝とは、同い年であり、同じヴェルディユース出身でもあることから畠中との関係がクローズアップされました。

二人は小4から面識があり、長い間同じチームでプレーしてきたことから、同時選出には感慨深いものがあったと思われます。

ボリビア戦では中島翔哉、小林祐希も同時出場しており、ヴェルディユース出身者が4人も同じピッチに立っていたことになります。

中島翔哉は畠中の1学年上であったため、ユース時代から親交があり、代表では二人で仲良くリフティングゲームに興じていました。

 

一方、ヴェルディサポーターはこの状況に複雑なようで、現時点で4人ともヴェルディ所属ではなく、しかもかなり早い年齢でヴェルディを離れていることから、育成組織は素晴らしいが自チームに還元されていないと感じています。

J2に落ちてから既に10年以上が経過しており、彼らがいればとっくにJ1に上がっていたと考えても不思議ではなく、サポーターの気持ちも痛いほど分かります。

 

まとめ

先輩である中澤からも早く世界に出た方がよいとアドバイスを受けているようで、A代表の海外組メンバーからも強い刺激を受けているようです。

そのためこのまま行けば、近いうちの海外移籍も間違いないように思われます。

カタールワールドカップのレギュラー奪取に向けて、ぜひ挑戦してほしいですね。

 

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