中島翔哉のプレースタイル。ポリバレント?何それ?守備より攻撃力!【動画あり】

中島翔哉プレースタイル MF

今や日本代表の新エースとなった中島翔哉。もはやサッカーファンでなくても知られるようになった選手です。所属するポルティモネンセ(ポルトガル)でも大活躍を見せており、ビッグクラブへの移籍は時間の問題です。

中島翔哉は移籍すべき?これまで出た11の候補クラブの中から大胆予想!【動画あり】
ポルティモネンセ(ポルトガル)で目覚ましい活躍をみせる中島翔哉選手。活躍するたびに移籍に関する話題がついて回るようになりました。これまでオファーがあったとされる、あるいは移籍先候補として噂になったクラブを11件紹介するとともに、移籍先の予想もしてみました。

 

今最も旬な選手ですが、ポルティモネンセに移籍するまで特に目立った選手ではなく、私自身もここまでの活躍は想像していませんでした。同じように思っていたサッカーファンの方も少なくないのではないでしょうか?

 

そんな中島翔哉のプレースタイルについて、ロシアワールドカップ日本代表落選の理由となったポリバレントに絡めてまとめてみました。中島の特徴がよく分かる動画(Football Mao様)がありますので、あわせてご覧ください。

 

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中島翔哉のプロフィール

 

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中島翔哉はご存知のとおり身長が164cmと低いですが、低身長を補って余りある能力があります。そこは次の項目で詳しく説明しますが、所属するポルティモネンセでも日本代表でもエースナンバーの10番を背負っていることが物語っているでしょう。

名 前 中島 翔哉(なかじま しょうや)
出身地 東京都八王子市
生年月日 1994年8月23日
身長/体重 164m/64kg
所属 FCポルト/背番号10
ポジション MF
利き足 右足
家族 妻(一般人)

 

中島翔哉のプレースタイルと進化

中島の攻撃的で積極的なプレースタイル

積極的に勝負を仕掛けるドリブラーであり、なおかつ強烈なミドルシュートも狙える選手です。

相手ディフェンダーからすると、距離を開ければミドルシュート、距離を詰めればドリブルと、どのように対応すればよいのか非常に頭を悩ませる選手です。

 

これまでの日本代表でも乾貴士、松井大輔、本山雅志とテクニックを活かした名ドリブラーはいましたが、強烈なミドルシュートを同時搭載している選手はおらず、中島は異彩を放つ選手です。

中島のドリブルは重心が非常に低く、彼らよりも力強さを感じます。加えて、カットインが非常に得意でその切れ味は抜群です。何度もカットインからのシュートを見せています。

 

近頃はパス精度も高く、周りの選手も使えるようになっており、本当に手が付けられなくなっています。

なにより常に笑顔でプレーしている姿が印象的です。

ロナウジーニョのようにサッカーを楽しむことができているので、創造的なプレーが次々に浮かんできているのではないでしょうか。

 

中島の進化の過程

冒頭に記載しましたが、Jリーグ在籍時は正直ここまで手に負えない選手ではありませんでした。

ミドルシュートも威力はありましたが、今ほどの精度はなく多少無理な体勢で撃たれても怖くありませんでした。ドリブルも周りが見えずに囲まれて奪われる場面が多く、こちらも今のような怖さがありませんでした。

 

気持ちの強さだけは見せており、何度防がれてもめげずにシュート、ドリブルを仕掛ける姿がともすれば自己中心的にも見え、外国人助っ人のような選手だなという印象を持っていました。

 

所属していたFC東京、カターレ富山、東京ヴェルディも同じような感覚を持っていたはずで、だからこそどのチームでも絶対的なスタメンという存在ではありませんでした。

 

才能が爆発したのはポルトガル移籍後です。日本では周りに合わせなければならないと抑圧されていた才能が、外国人助っ人という立場になったことで枷が外れ、一気に潜在能力が開花した印象があります。

中島の活躍をみると、Jリーグでもその環境ゆえに燻っている選手はまだまだいるのではないかと思うほどです。

 

また、ロシアW杯の日本代表落選後は特に守備への意識が強くなったように思います。ポリバレントでないという理由で落選した中島でしたが、落選の悔しさをばねにさらなる進化を遂げたと言ってもいいでしょう。

 

ただやっぱり中島の魅力は、圧倒的な攻撃力、その多彩で積極的なドリブルと強烈なミドルシュートからのゴールにあります。中島に関してはポリバレントなんて言葉でその良さを消してほしくないですね。守備も大事ですが、もっともっと攻撃でファンを魅了してほしいと思います。

 

中島翔哉の経歴

クラブチーム

育成年代は一貫して東京ヴェルディの下部組織で育っており、2012年にトップチームに昇格します。当時の監督だった高橋真一郎に高く評価され、昇格直後から試合出場機会を得ます。しかし、成績不振で高橋が退任すると次第に出場機会を失い、2014年にFC東京に移籍します。

 

しかしFC東京は、中島獲得と同時にカターレ富山にレンタル移籍させており、FC東京も即戦力としての評価はしていなかったと伺えます。

カターレでは中心選手として活躍し、2014年途中に成績不振であったFC東京に呼び戻されますが、復帰後も思うように出場機会を得ることはできませんでした。

これはシーズン前半を別チームで活動していたことで、東京の戦術に対する理解度に他選手と差が出ていたことが大きな要因として挙げられています。

 

そのため主にU23での戦いを余儀なくされていましたが、リオオリンピック代表では中心選手として活躍をみせました。

そんな中島の姿をみて、FC東京サポーターも中島への期待が高かったと思いますが、その才能をFC東京で見せることはなく、ポルトガルのポルティモネンセに移籍します。

 

ポルティモネンセ移籍は当初FC東京幹部からは拒否されていました。これはやっと中島がFC東京にフィットしてきたと思った矢先のオファーだったからです。しかし強い海外志向があった中島は駐車場で何時間も幹部を待つなど、チームメートから白い目で見られつつも海外移籍を勝ち取ります。

 

ポルティモネンセで才能を開花させると、中島の評価はうなぎのぼりとなりました。その結果、2019年1月にカタールの強豪クラブであるアルドゥハイルへの移籍が決定しました。

カタールのアルドゥハイル(レフウィヤ)とは?中島が移籍先に選んだ理由
中島翔哉がポルティモネンセからカタール1部のアルドゥハイルへの移籍が決定しました。知名度が低いアルドゥハイルについて詳しく紹介するとともに、中島が移籍を決断した理由、移籍金・年俸などをまとめました。

 

2019年7月5日、中島翔哉のFCポルト移籍が発表されました。ポルトガル1部のビッグクラブへの移籍です。背番号は10番。

 

日本代表

ポルティモネンセ移籍後の活躍は前述の通りで、ロシアワールドカップ前の最終テスト試合でも得点に絡む印象的な活躍を見せており、本大会メンバー入りは確実と見られていました。

しかし中島にとって不幸だったのはハリルホジッチの本大会直前の解任でした。

 

大会直前に就任した西野監督は守備的に戦うことを考えており、おそらくは南アフリカワールドカップのときの大久保、松井のように守備ができるフォワードを求めたはずです。

そのため中島は落選し、代わりに選ばれたのはハードワークができる武藤、岡崎、原口、そして乾でした。

中島と同じポジションで選ばれた乾と比べると、守備力は落ちます。より海外経験が長く、日本代表での経験も多い乾の方が組織で守る術を熟知していました。

また、守備に難のある宇佐美が選ばれたのは、西野監督と宇佐美のガンバ大阪時代から続く蜜月の関係があったとの見方もありますが、中島は守備力を捨ててでも圧倒的な攻撃力を武器にしたジョーカーとして選ぶべきだったと今でも思います。

 

まとめ

ロシアワールドカップは残念ながら落選しますが、直前で挫折を味わった選手は後に日本代表の中心選手になることが多いです。

中村俊輔は日韓ワールドカップ落選、遠藤保仁はフランスワールドカップで出場0、大迫勇也原口元気はロンドンオリンピック落選組です。

中島も彼らに続いて、2020年のカタールワールドカップでの大きな活躍を期待したいですね!

 

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