オリンピックサッカー①リオ五輪、ロンドン五輪を振り返る【日本代表編】

日本代表

今年は7月から8月に掛けて、東京オリンピックが開催されます。コロナウイルスの影響で、開催自体危ぶまれていますが、なんとか収束してほしいと思います。

 

さてさて、今回は3回に分けてオリンピックのサッカー日本代表を振り返りたいと思います。

過去6大会について、直近から各回2大会ずつ紹介していきます。

 

Jリーグは1993年に開幕しており、その目的の1つは日本代表チームの強化でした。

日本代表は1993年以降、すべての本大会(6大会)に出場を果たしており、この目的は最低限果たすことができたと言えます。

しかし、1993年以降メダルを獲得した大会はなく、最高でもロンドン五輪の4位でした。そのため今年の東京オリンピックは開催地の利を生かした悲願のメダル獲得が望まれます。

 

では、直近のブラジルのリオデジャネイロオリンピック、ロンドンオリンピックの成績、主なメンバー、落選メンバー、当時のエピソードなどを振り返っていきましょう。

 

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2016年(第31回)リオ五輪

リオ五輪の結果:グループリーグ敗退

ステージ 結果 得点者
GL第1戦 ● 4-5(ナイジェリア) 興梠、南野、浅野、鈴木武
GL第2戦 △ 2-2(コロンビア) 浅野、中島
GL第3戦 〇 1-0(スウェーデン) 矢島

 

リオ五輪の主なメンバー

■監督
手倉森誠

 

■OA枠
興梠慎三、塩谷司、藤春廣輝

 

■大会後のA代表経験者
<本大会メンバー>
室屋成、遠藤航、植田直通、大島僚太、中島翔哉、鈴木武蔵、中村航輔、井手口陽介、浅野拓磨、南野拓実、久保裕也

 

<落選メンバー>
山中亮輔、伊東純也、三浦弦太、橋本拳人、三竿健斗、オナイウ阿道、鈴木優磨

 

リオ五輪のハイライト、エピソード

現在のA代表の主力メンバーが多くいるが、当時は谷間の世代

リオオリンピックのアジア予選であるU23アジア選手権に優勝して出場権を手にしており、中島、南野など今のA代表の主力メンバーが揃っていましたが、この世代は当時「谷間の世代」と評価されていました。

オリンピックの前哨戦とも言える、U20ワールドカップでもアジア予選で敗退しており、国際経験の不足が指摘されていました。

 

所属クラブからの出場拒否

大会当時、海外組は南野(ザルツブルク)、久保(ヤングボーイズ)の2名のみでした。

しかし、その久保が所属クラブであるヤングボーイズからの出場許可が下りず、急遽鈴木武蔵がメンバー入りすることになりました。

 

オリンピックは強制力がないため、クラブとの協力が不可欠ですが、エースであった久保を招集できなかった日本サッカー協会に批判が集まりました。

 

ナイジェリア代表のボイコット

日本が初戦で対戦したナイジェリア代表は給与未払のため、大会ギリギリまで出場が危ぶまれていました。

結局出場は決まりましたが、ほとんど大会に向けての準備ができていなかったため、日本に勝機があるとされていましたが、結果は4-5での敗北でした。

結果的に初戦で負けなければGL突破していた可能性が高かったため、悔やまれる一戦となりました。

 

2012年(第30回)ロンドン五輪

ロンドン五輪の結果:4位

ステージ 結果 得点者
GL第1戦 〇 1-0(スペイン) 大津
GL第2戦 〇 1-0(モロッコ) 永井
GL第3戦 △ 0-0(ホンジュラス) 矢島
準々決勝 〇 3-0(エジプト) 永井、吉田、大津
準決勝 ● 1-3 (メキシコ) 大津
3位決定戦 ● 0-2 (韓国) なし

 

ロンドン五輪の主なメンバー

■監督
関塚隆

 

■OA枠
徳永悠平、吉田麻也、林彰洋

 

■大会後のA代表経験者
<本大会メンバー>
権田修一、酒井宏樹、山村和也、酒井高徳、鈴木大輔、扇原貴宏、宇佐美貴史、山口蛍、清武弘嗣、大津祐樹、杉本健勇、永井謙佑、斎藤学

 

<落選メンバー>
米本拓司、丸山祐一、山田直輝、工藤壮人、大迫勇也、原口元気

 

ロンドン五輪のハイライト、エピソード

優勝候補のスペインを破り、さらにエジプトも撃破。4位の大健闘。

この大会で日本代表は4位に輝いています。

決勝トーナメントでは準決勝で優勝したメキシコに惜敗し、3位決定戦でも韓国に敗れましたが、近年で一番の成功といえるでしょう。

 

特に予選では優勝候補の大本命に挙げられていたスペインを撃破しています。

当時のスペインには、ビッグクラブで活躍するデヘア、アスピリクエタ、ジョルディアルバ、ハビ・マルティネス、ファン・マタ、イスコと錚々たるメンバーが揃っており、日本代表のスペイン代表撃破は世界に驚きを持って伝えられました。

 

準々決勝で対戦したエジプトは現リバプールの絶対的なエースであるモハメド・サラーを擁していました。

そんなエジプトを3-0で撃破したこの世代は大会前の下馬評を大きく覆したチームであったと言えます。

 

大迫勇也の落選

なんといってもこの世代は、大迫勇也が本大会メンバーから落選しています。

アジア予選でも6試合中4試合に先発していたチームのエースであり、さらに特に大きなケガもなかったことから驚きを持って伝えられました。

大迫の代わりに当時フォワードとして選出されたのが杉本健勇でした。

 

大迫はこの落選がその後の大きな飛躍の原動力となったと後に語っており、この落選がなければ今の大迫はいなかったかもしれないと考えると、日本代表にとってはプラスであったのかも知れません。

 

終わりに

次回は2008北京オリンピック、2004アテネオリンピックの日本代表についてご紹介します。

 

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