昌子源のプレースタイル。鹿島からトゥールーズ移籍で代表復帰へ【動画あり】

昌子源 DF

ロシアワールドカップでは国内組としては唯一のレギュラーだった昌子源選手。

ワールドカップでフォルカオ(コロンビア)、マネ(セネガル)、アザール(ベルギー)など各国のエースと互角に渡り合った姿に頼もしさを覚えた日本人も多かったと思います。

 

決勝トーナメント1回戦、ベスト8をかけたベルギー戦では最後の最後に目の前で決勝点を決められてしまいますが、試合後に見せた涙も印象的でした。

 

今回はそんな昌子源のプレースタイル森保ジャパンでの序列フランス・トゥールーズへの海外移籍について紹介します。

 

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昌子源のプロフィール

 

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Jリーグの常勝軍団・鹿島アントラーズのディフェンスリーダーとして欠かせない存在となっていましたが、2018年12月29日、フランス1部のトゥールーズへの移籍が決定

FWからDFにコンバートして大化けした選手です。

名 前 昌子 源(しょうじ げん)
出身地 兵庫県神戸市
生年月日 1992年12月11日
身長/体重 182cm/74kg
所属/背番号 鹿島アントラーズ/3
ポジション DF
利き足 右足

 

昌子源のプレースタイル

ビルドアップ能力カバーリング能力に定評のある選手です。

落ち着いたボール捌きができるため、ディフェンスラインからただ蹴り出すだけではなく、落ち着いて周りの選手にボールを預けることができます。

ロングフィードの精度も高いことから攻撃の起点になれます。

 

またスピードもあるため、カバーリング能力も高く、代表では吉田が相手と競り合ったこぼれ玉をすばやく回収するシーンが目に付きました。

 

機をみた攻め上がりも持ち味で、相手が奪いに来ないとみるや、ドリブルで前線に持ち上がることもあります。


守備能力も高いですが、攻撃でもセンターバックらしからぬプレーをすることができるのには理由があります。昌子はもともとフォワードの選手だったんですね。

そのあたりの経歴を見てみましょう。

 

昌子源の経歴(FW→DFへのコンバート)

昌子は元フォワード

兵庫県神戸市の出身で、サッカーを始めたのは小学生からです。

サッカーを始めた当初はフォワードの選手であり、そのポジションで関西の名門ガンバ大阪ジュニアユースに入団するまでの実力がありました。

そのため昌子のプレースタイルの背景には元フォワードとしての経験があります。

 

ディフェンダーに転向したのは高校からで、そこからわずか数年で鹿島アントラーズ入団を勝ち取っています。

 

高校時代にフォワードからディフェンダーへの転向を果たした選手には松田直樹や植田直通もおり、総じてフィジカルが強く、足元の技術が高い選手が生まれやすい傾向があります。

 

2つの挫折

昌子にはサッカーをしばらく離れていた時期があります。

それは中学時代に所属していたガンバ大阪ジュニアユースでの出来事です。

当時の昌子には2つの大きな壁がありました。

ひとつは度重なる怪我、もうひとつは宇佐美貴史です。

 

怪我によって満足にプレーできないというのはサッカー選手にとって大きなストレスです。

そして同じフォワードのポジションには天才と呼ばれていた宇佐美貴史がいました。

宇佐美の実力は当時ずば抜けており、同じアンダー世代の代表メンバーだった杉本健勇が宇佐美を見て、絶対に敵わないと思ったほどです。

 

そんな状況から、昌子はジュニアユースを退部してしまいます。

そして高校ではサッカーをしないと決めていました。

 

米子北高校での重大な転機

大きな挫折を味わった昌子がサッカーに戻ったきっかけは、父である昌子力さんの存在です。

力さんは公認S級ライセンスの資格を持っており、B級ライセンス取得のためセミナーの講師をしていました。

そこに参加していた米子北高校のコーチが昌子がまだ進路を決めていないことを聞き、練習参加を提案します。

この練習参加がきっかけとなり昌子はサッカーに戻り、米子北高校に進学することを決めました。

 

米子北高校にはフォワードとして入団しますが、当初昌子の出番は限られていました。

そんなとき、たまたま練習試合でセンターバックが負傷してしまい、代わりに昌子が試合出場を果たします。

その際のプレーを監督が高く評価し、昌子は本格的にディフェンダーにコンバートされることとなります。

 

しかし、当時の昌子はディフェンダーとしての出場に抵抗を持っており、監督には再度のポジション変更を直訴しています。

しかし監督は首を縦には振らず、試合に出られなくなる危機感から昌子はポジション変更を受け入れることにします。

ディフェンダーとしての実力を高めていった昌子は高校3年時にU-19日本代表候補にも選ばれるまでになります。

この時の監督には見る目があったということになります。

 

鹿島アントラーズでDFリーダー

高校卒業前、そんな昌子の能力を高く評価していたのは鹿島アントラーズでした。

鹿島は昌子を次代のディフェンスリーダーとしての期待を持って、獲得を決めます。

 

同期は柴崎岳土居聖真であり、当初昌子は彼らに比べればサポーターからの期待値は低かったものと思われます。

事実、最初の数年間は試合出場は限られていました。

しかし、2014年にはレギュラーを獲得し、リーグ戦全試合に出場します。

2015年には秋田、岩政と鹿島のディフェンスリーダーが背負ってきた3番を受け継ぎ、その後2018シーズンまで絶対的な存在として鹿島のディフェンスラインに君臨し続けてきました。

 

2018年夏に獲得オファーがあったようですが、先に植田直通のベルギー移籍が決まっており、シーズン途中にセンターバックのレギュラー二人を失うわけにはいかなかった鹿島アントラーズが強く慰留します。

昌子はクラブの想いに応え、2018シーズンはチームに残留することを決めます。

しかし、その直後に大きな怪我を負ってしまい、シーズン終盤まで出場できない状態となってしまいます。

 

そんな状況でも鹿島は踏ん張り、最終的にはACLの準決勝まで勝ち上がることになります。
戦線に復帰した昌子は準決勝、決勝で大きな活躍を見せ、見事に鹿島アントラーズのACL初優勝に貢献しました。

 

昌子は鹿島アントラーズ在籍8年間で6つのタイトルを獲得し、ACL優勝を置き土産に海外移籍にチャレンジすることになりました。

 

フランス・トゥールーズへの移籍が決定!

ワールドカップでは、国内組唯一のプレイヤーとして評価をあげた昌子。

その活躍ぶりが海外クラブの目に止まり、ワールドカップ後にオファーが届きます。しかし、昌子はACLのタイトルを獲るために、そのオファーを断り鹿島に残留することを決めます。

そして見事ACLを制し、鹿島に初のアジアチャンピオンのタイトルをもたらすと、再びオファーが舞い込んできました。

 

「海外で自分の力を試したい。サッカー選手としてもっと成長したいと思った。」ということで、12月29日、クラブを通じて昌子源がフランス1部のトゥールーズFCに移籍することが発表されました。このとき昌子は26歳。

 

昌子の移籍を決定づけたのは、先日引退表明をした小笠原満男キャプテンの以下の言葉だったようです。

お前が活躍して勝ち取ったオファーだろ! 誰になんて言われようと、行きたいなら迷わず行け!!

自身もイタリアのメッシーナでの海外経験もし、鹿島を長年けん引してきた小笠原の言葉だからこそ、昌子の胸に響いたのでしょう。

 

昌子が移籍するトゥールーズFCは、2002-2003シーズンにフランスリーグ2部(リーグ・ドゥ)で優勝すると、そこからはずっと1部(リーグ・アン)に所属しています。

 

しかし、トゥールーズFCは近年リーグ下位(2017-18シーズン20チーム中18位)に低迷しており、DF強化として昌子源に白羽の矢が立ったということだと思います。

 

リーグ・アンではネイマールやカバーニ、ムバッペ(ともにパリ・サンジェルマン)など世界のトップクラスの選手と対戦する機会が多くなります。

昌子にとってはDFとしてさらに成長する絶好の機会と場所を得たと言っていいでしょう。ここで活躍して日本代表不動のセンターバックとしての地位を築いてほしいと思います。

 

日本代表への復帰はいつ?

圧倒的な活躍を見せたロシアワールドカップの活躍から、森保ジャパンでも不動のレギュラーとなると考えられていましたが、ワールドカップ後に負傷してしまったこともあり、これまで召集されておらず、アジアカップ2019のメンバーからも外れています

 

しかし戦力として見なされていないという訳ではなく、怪我からの復帰途中のため招集を見送られていると考えるのが普通でしょう。

試合にはすでに復帰しており、クラブワールドカップ2018のグアダラハラ戦(12/15)でも安定したプレーを見せていましたので、アジアカップ後には招集される可能性が高いと思います。

 

昌子が代表に戻ってこれば吉田といえども安泰ではなく、吉田麻也冨安健洋三浦弦太、そして昌子源よるポジション争いが活性化することは間違いありません。日本代表が強くなるためにはいいことですね。

 

追記

昌子選手は、2019年3月22日に行われたコロンビアとの国際親善マッチで代表に復帰しました。

まとめ

今シーズン鹿島ではキャプテンとしてACL優勝も経験し、怪我を除けばほぼ全試合出場しています。

とにかく試合に出続けることが大事なので、海外移籍の際も自分が出られるかどうかといった基準で移籍先を選んでほしいと思います。

海外で屈強な外国人相手に経験を積めば、日本代表でのポジション争いにもプラスに働くはずです。

 

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